メディアリテラシーとは中学3年生で学ぶ公民の授業で学ぶ言葉ですが、多方面からのメディアからの情報に対して惑わされずに自分の力で情報を確信することですね。
100年前の情報源と言えば新聞とラジオ、そして映画館のみ。
特にラジオに関しては世界で登場していたかどうかくらいの頃で、一般的に使われたのは1930年代だったと思います。
当時のラジオは最新の情報をすぐに耳にすることで、大きな箱から声が出てきたことに対する衝撃が大きかったと言われています。
ただ、メディアの媒体が一つしかなかったこともあって、入ってくる情報に対して信じるほかなかったとも言われていて、この媒体を最大限に利用したのがナチス・ドイツでした。
宣伝省まで作られていたくらいにナチスはメディアの力に対してその威力を理解していた政権と言っても過言ではありません。
ナチスはラジオと映画をフル活用して、プロパガンダ製作に力を注いで国民の信頼獲得に邁進していました。
情報の発信源は偏ったところからしかなく、国民としてもそれを信頼するほかなかった、というような時代でした。
しかし、100年経った今では新聞・ラジオ・映画館の他にテレビやインターネットといった多方面からの情報を得ることができる情報時代に突入しているのです。
あらゆる情報が飛び交う時代には、その情報を整理していく力が必要となってくるのです。
そんな中、昨日のニュースの中で、「GoToキャンペーンはコロナ感染拡大に対して影響がなかった」との声が出ていて、メディアが発信していた内容に対しての反論が出ていました。
去年の4月頃はトイレットペーパーやティッシュが店頭からなくなるという珍現象が起こりましたが、これも各方面からのメディア発信によって流されたデマでした。
人はこうしたデマに対する情報に弱いなと改めて感じましたが、ここにきてGoToキャンペーンに対する擁護論も出てきたのです。
今回はGoToキャンペーンが感染拡大したかどうかに関しては書こうとするつもりはありません。
このキャンペーンを通して人がどれだけ左右されたのかに関して書いてみたいと思ったのです。
記事に関するコメントには、キャンペーンを活用することで気のゆるみが出ていた可能性もある、感染拡大した可能性もある、やはりキャンペーンに関係なかった、との意見が出ていました。
私自身はこうした意見の出し合いが必要だと思うのです。
メディアがどう発信するかが問題ではないということがどれだけ今回のコロナ騒動で分かった方が出てきたのではないかと思います。
あくまで発信源がどんな情報を流したとしても、その情報に対して正しいかどうか、自分にとって必要となる情報なのかどうかの見極める力が本来は必要なんです。
それに対して賛成か反対かの意見を自分で持つことが大事です。
一番危険なのが与えられた情報を鵜呑みにしてしまうことで、それに左右されることが自分の身を危険にさらします。
コロナの件でそれが大きく理解できたのではないかと。
だからこそではありますが、ネット上でもよいので自分の意見をもつという訓練をしたほうがいいです。
ネット上のコメント欄も自分の意見を確認する材料となりますから参考にするのがいいと思います。
メディアリテラシーを持つことで、例えば特殊詐欺から自分の身を守ることができます。
一方的な情報に対してそれをすぐに信用するのではなく、まず疑いを持つことで特殊詐欺のような情報に対しても疑問を持つことができるようになります。
現代の学校で学ぶ公民でもメディアリテラシーに関して書かれていて、多様化する情報に対して自分自身で判断できる力が必要なのです。
今回のキャンペーンに対してもどのような効果があるのかなどメリットデメリットと自分で総合して判断することで、後悔しない行動をすることが大事だと思います。
自分で考えて自分で判断して行動しましょう。
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